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赤と青の聖典(バイブル) ザ・ビートルズ最大のアルバム、『ザ・ビートルズ 1962年〜1966年』(通称赤盤)
『ザ・ビートルズ 1967年〜1970年』(青盤)の最新リマスター盤が遂に登場!2010年10月18日(月)世界同時発売
「ザ・ビートルズ出会いの1曲!」著名人の方からコメントをいただきました※敬称略、赤盤・青盤収録曲順

エイト・デイズ・ア・ウィーク

ビ―トルズはいつも彼らの強烈なメロディ―で、僕らを魅了する。これからもそして次の世代にも。
みなさんも50このアルバムを通して彼らのメロディ―に触れて下さい。

MONKEY MAJIK Maynard(1975年生)Blaise(1980年生)tax(1975年生)DICK(1978年生)

イエスタデイ

僕が初めてビートルズと出会ったのは小学生の時。
友達の家の電話の保留音でした。毎日のようにその友達に電話していたのですが、かけると必ずおばあちゃんが出て、「○○君いますか?」というと「ちょっと待っててね」と言って保留音が流れるのです。保留音なので歌もなく電子音のみでしたが僕はそのメロディーがすごく好きでした。でも僕はそれがYesterdayという曲ということもビートルズの存在すら知りませんでした。ある日僕がそのメロディを鼻歌でうたっていたら父親が「その曲のレコードを持ってるよ」といって赤盤を出してきて僕に聴かせてくれました。その時の衝撃と感動は今も忘れられません。その曲を毎日毎日、繰り返し何度も聴いていました。
それ以来ビートルズの虜です。

スキマスイッチ 大橋卓弥(1978年生)

イン・マイ・ライフ

ざっくり言うとビートルズは時代によって曲調がガラッと変わるからすごいんです!僕はそこにバンドとしての人間味を感じることができるから大好きなんです!赤盤・青盤はその流れがきれいにわかるから聴いていて楽しいんです。
無茶なこと言います。
「ビートルズになりたい!」

ジャルジャル 後藤淳平(1984年生)

中2の時、教室でS君が「お年玉で赤盤と青盤買ったから、あとは白盤だーっ!」と言っていました。
帰り道、(白盤って何だろう?)と考えていると、突然ひらめきました。
(あっホワイト・アルバムの事かあ。)
「赤」「青」「白」のトリコロール。
いいかも。

ザ・クロマニヨンズ 真島昌利(1962年生)

ラヴ・ミー・ドゥ/抱きしめたい/オール・マイ・ラヴィング/アイ・フィール・ファイン/
ペニー・レイン/サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド/ヒア・カムズ・ザ・サン/カム・トゥギャザー/レディ・マドンナ/ヘイ・ジュード
(たくさん好きな曲がありすぎて1曲に絞れない!)

初めて曲に出逢ったのはポンキッキやピンポンパン、子供番組だったと思う。その頃すり込まれてた曲に中学生で再会して、それが自分の音楽人生にも大きく影響している。ロックもR&Bもレゲエもオーケストラも全部を網羅しているし、内容もREBELだ。曲の力って凄くて想い出も場面だけでなく、その時の感情までも呼び覚まされる。年月を重ねて薄れていく想い出も曲を聴けば戻れてしまう。多感な頃に感じた感情は曲と共に一生大切にしていきたい。ビートルズ。

Fire Ball CHOZEN LEE(1975年生)

ア・デイ・イン・ザ・ライフ

赤盤・青盤に出会ったのは15歳のとき。最初はお金が無かったため地元の図書館で借りて来て聴いたのを覚えてます。
赤盤でキャッチーな歌たちに最高にご機嫌になり、青盤でバンドサウンドがここまで進化・深化できることに感動しました。それから15年経ったいま、今回のリマスター版で当時受けた衝撃と比べてどういうインパクトを受けるのか、聴くのがとても楽しみです。

ROCK'A'TRENCH 山森大輔(1978年生)

フール・オン・ザ・ヒル

高校時代、テレビ等娯楽にまつわるものは一切持ち込み禁止という全寮制の学校に通っていました。厳しい寮則の中で唯一持ち込み可能だったのはCDラジカセだけで、皆が貧乏学生だったのもあって「俺のCDは皆のCD」という逆ジャイアン的感覚で音楽漬けの毎日を送りました。中でも友達が持っていた「赤盤」「青盤」は順番待ちの人気だったのを覚えています。今でもビートルズを聴くとあの貧しくも楽しかった学生時代を思い出します。

いしわたり淳治(1977年生)

ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス

季節や状況によってフェイバリットが変わる中、いつでも聞きたいのが「While My Guitar Gently Weeps」だ。特に耳を奪う切ない歌声と切ないギター・ソロ。声の主はポールでもジョンでもなくジョージ、ギターはもはやメンバーでもない、かのエリック・クラプトン。こんな名曲がその2人でできた事が、ポールもジョンも切なく思った事だろう。

おぎやはぎ 小木 博明(1971年生)

オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ

僕が最初にちゃんとビートルズの音楽と出会ったのは、紛れも無くこの赤盤でした。いや、詳しく言うと赤盤のバンドスコアでした。高校2年の時に同じクラスの友達がいきなり「バンドやりたいんだけどこの曲ってどう?」って言ってきたことをよく覚えています。彼はベースを選びましたが、音符ではなくタブ譜を口ずさむちょっと変わったヤツでした(笑)。今となってはビートルズに引き合わせてくれた恩人のような感じです。おかげでオブラディオブラダのベースラインは今でも歌えたりします。テッテレテッテレ…。

スキマスイッチ 常田真太郎(1978年生)

ヒア・カムズ・ザ・サン

幼少期に父親のカーステレオで浴びるほど聞いたビートルズ。日本語もままならない時からギター代わりの布団叩きをかき鳴らし、デタラメ英語で歌っていたらしい。今と変わらねえな。中1でギターを始め、父親のアコギで死ぬほど練習したのが「Here Comes The Sun」。毎年ロックインジャパンフェスで一日の最後、花火の後に俺達を帰路へ誘うのもこの曲。音楽と出会い誇らし気にギターを担いだ少年時代、その頃と少しも変わらない気持ちでギターを担ぎバンドマンを続ける現在。「Here Comes The Sun」に抱かれた音楽人生を幸せに思う。

Dragon Ash Kj(1979年生)

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