STAFF'S 自己満足リレー

元ディレクター・青木そよぐさんのFAVORITE曲
「夏のラジオ」

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元ディレクター・青木そよぐさん

ディレクターになって初めて担当させてもらったサムエルの、初めてのリリースがシングル「夏のラジオ」です。なんと言っても私のメモリアルソングです。

 緊張と不安で常に興奮気味。いろはも分からず、上司にプレゼントしてもらった「レコーディング用語集」なる本を抱えてスタジオに足を運んでいました。メンバーにとって初の作詞家コラボレーションということで、お一人ずつ会って意図を伝えて…そんなアーティストとクリエイターの介する場の空気も、魅惑のクリエイティビティー溢れるものに思えました。

 「夏のラジオ」(アルバムY)はトラックダウンを米・ナッシュビルにて行うことになり、2000年9.11の米同時多発テロ後の緊張状態の最中渡米。私はといえば社員海外出張禁止令が出て、やむなく渡米を断念。危険だからという理由であればアーティストが行って、スタッフが行けないというのはなかなかおかしな話なんですが…。で、出発の日早朝に家を出て成田空港へ見送りに行きました。まるで戦場へ行くような緊張の面持ちのメンバー、最後の晩餐のごとく空港のカフェでごはんを食べた後「絶対帰ってくるよ!」とスタッフと握手を交わして、ゲートに入っていく姿はまさに「大志を抱いた少年」でした。

 この曲を聴くとそんな思い出とともに初心に戻れるというか、武者震いするんですね。 そしてこうして今までやってこれたのは、メンバーや周りのスタッフの皆さんの温かさがあったからだと思うと感謝の気持ちで心が溢れます。
 そして渋谷公会堂で観た「夏のラジオ」は、本当に素晴らしかった。大久保さんのヴォーカルの伝わり方が半端ではなかったし、3Pスタイルにこだわったメンバーの意思が溢れるパフォーマンスで、この歌をきっかけに何かが変わり始めたと感じています。どうもそれ以来ライブに行くと涙腺がもろくなっています…。ライブとはスタッフが何かアイデアを生み出すのに欠かせないクリエイティブな時間。私のちっさい頭でもいくつかのアイデアがライブから生まれています。


最後に、せっかくの機会なのでライター気分でSomething ELseへの思いを書いてみようと思います。


情報が溢れ、絶え間ない変化が繰り返され、何一つ不自由のない時代だからこそ、自分を見失ってしまうことがある。Something ELseの音楽はいつも変わらずそばにいて、それでも頑張りたいと願う人を無条件に応援する心の故郷のような存在だ。

帰る故郷があり、待っている人がいるからこそ人は旅に出るのではないか?
青春時代を過ごした町の懐かしい空気を胸いっぱいに吸い込みたくなる時がないか?

そんな人生の原点を常に照らしてくれる音楽。
だから今、彼らの音楽が必要とされるのだ。Something ELseには派手さや、奇をてらったところはない。サブアーバンミュージックという1つのアーティストポリシーをただひたすらに追求し、天を仰いだように青く冴え渡る大久保の歌声・風にそよぐがごとく伊藤、今井のコーラスワークの妙・木漏れ日のような温かいギターの音色を、彼らの生き様とと もに進化させてゆくのみである。それは言ってみれば時代に左右されないゆるぎないもの、なのである。人の心は変わりやすいとて、それに合わせることだけがよいのだろうか?「変わりやすい」が常の世の中で光りだす「変わらないもの」への憧れ。山下達郎、桑田佳祐、小田和正…といったキャリアのあるアーティストが21世紀にビビッドに輝いている所以は、まさにここにあるのかもしれない。デビュー7年目、彼らの視線の先には、遥か遠くまで続く1本道があるのみである。日本全国どんな小さな町へでも足を運ぶサブ・アーバンライブツアーはその道を走る続ける、終わりなき旅でもある。
 さあ、勇気を出して旅に出よう。どんな悲しい時もそばにいる「歌」があるから大丈夫。必ず大切な「何か」が見つかるはずだから。


P.S.人生とはまさに旅であり、辛いことや悲しいことがあっても旅を続けなければなりません。ベスト盤「TICKET」は、そんなみなさんの旅のお供であって欲しいという思いが込められています。(ちょうど私が学生時代一人でヨーロッパを旅したときにア ルバム「ギターマン」を擦り切れるほど聴いていたように。)

…1年半という短い間でしたが、担当を卒業します。サムエルプロジェクトで分けてもらった「愛」を多くの人に伝えていきたいと思います。支えてくださった皆様にこの場をお借りしてお礼申し上げます。
ありがとうございました。

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