|
| 未完成/シューベルツ/はしだのりひことシューベルツ | |
|---|---|
TOCT-25110 |
フォークル解散後、はしだのりひこと杉田二郎らで結成されたバンド。
|
60年代から70年代前半の音楽シーンは、人のつながりで動いていたと言って良いかも知れない。まだ歌謡曲や演歌が全盛だった時代に、自分で楽器を弾いて音楽をやろうとする若者達の数が多くなかったということもあるのだろう。シューベルツのことを語るにも当時の関西の状況を踏まえなければいけない。彼らのデビューは68年10月。初めてのお目見えはザ・フォーク・クルセダーズの解散コンサートだった。言うまでもなくはしだのりひこは、加藤和彦、北山修と共にフォークルの一員だった。ただ、彼のキャリアはフォークルが皮切りではなく、すでに京都ではAFLというアマチュアの学生フォーク団体を率いたリーダー的存在になっていた。フォークルに参加したのも、アマチュア時代に解散記念に作った自主制作のアルバム『ハレンチ』に入っていた「帰って来たヨッパライ」が、深夜放送を通じて爆発的な評判となり、プロとして再スタートをする時だった。それまでのアマチュア時代のメンバーがプロ活動に難色を示したためだった。 はしだのりひことシューベルツは、はしだのりひこをリーダーに、すでにジローズとして京都で人気のあった杉田二郎、バニティーのおちゆうじ、井上博の四人。デビュー曲「風」がリリースされたのは、フォークル解散の翌年69年1月10日だった。作詞は北山修であり、フォークル解散後の最初のメンバー稼働であったこともあり、話題にも事欠かず、この年の年間シングル・チャートの第10位に入る大ヒットとなっている。 このアルバムは、1969年6月に出た彼らのデビュー・アルバムで、最もヒットしたもの。ストリングスやホーンを使用するなど、フォークという枠に留まらない自由さを見せている。関西のフォーク・ソングがメッセージ色を帯びてくるのは、彼らが登場した後からだ。60年代後半のキャンパス・フォークの良質なヒット・アルバム。それがこれだろう。70年に入り、ベースの井上博が腎臓病で倒れ逝ってしまう。彼抜きではありえないと70年6月に解散、はしだのりひこはクライマックスを、杉田二郎は、第二次ジローズを結成、「戦争を知らない子供たち」につながってゆく。 田家秀樹 |